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「つばめが飛んだ空」5
Written By 桜 月桂樹さま

「ひかるの学生らしいところを見たのは久しぶりだな。」
 矢代と楽しそうに話している輝の姿を嫉妬を含んだ眼差しで見ていたのは、何も 萩本だけではないらしい。今の今まで萩本の嫉妬を一身に集めていた青年が、 はっきりと語調に匂わせながら口にした言葉の響きに、輝が呆れたような様子で 子供みたいな彼を穏やかにたしなめた。
「…まだ当分学生ですよ。矢代くんとは大学も一緒なんです。 学部は違うけど見かけたら仲良くしてね、矢代くん。」 「あ、ああ、こっちこそ。 藤原さんは情報処理に進むんだったね? あの学部、女性は少ないけど大丈夫?」
「うん、あたしはそこで勉強したいから。まわりにいるのは男の子じゃなくて、 同じ事を勉強してる仲間みたいなものだもん。 遊びたいんならもっと楽な大学選ぶよ。」
「あはは、言われてみればそうだな。」
 奇遇にも同じ学舎を選んだ者同士、話の種は尽きない。
さすがに彼らより長く生きているだけあって、青年は少しふてくされてはいるけど とりあえず嫉妬することが無駄だと悟ったのかもう口に出してどうこう 言うことはなかった。だけど萩本は得体の知れない男だけでなくて、親友と 信じていた矢代にまで行き場のない嫉妬の炎をめらめらと燃やし続けている。
 …そんな萩本の様子を見て、矢代が慌てて話の弾んでいた口元を手で隠した。
「────ご、護衛していた人の卒業式だから見に来たんですか?」
 輝と話すと萩本が心中穏やかではないらしい。
それがわからないほど矢代は鈍くもなくて、不躾だと自分で思いながらも 話の矛先を青年に向けた。ふいに話しかけられた青年は少し驚いたような 表情をみせたけれど、すぐに矢代に向かってあの迫力さえ感じる笑顔を 浮かべて、事も無げにとんでもないことを口にした。
「───…それもあるけど、大事な人の節目のイベントぐらいきちんと 見ておきたくてね。…仕事抜け出してきたんだよ。」
 まるで少年の様ないたずらっぽい微笑みに、矢代は思わず驚く前に吹きだした。
…だって、そんな感じがしていたから。
萩本はひたすら可憐な彼女に熱を上げていたけれど(…最初はふざけているかと思った。) それを端から見ていた矢代の目には彼女にはもう恋人がいるように映っていた。
…好きな人がいる女の子は、人目を惹きつけるものだから。
矢代はそのことを自分が好きだった少女で、傷付くほどに痛感していた。
 でも萩本はそれどころではなくて、意中のあの子に彼氏がいたコトで ショック倍増の様子。…あの萩本が茫然と表情を失う様子は、滑稽なのを 通り越して悲惨そのものだった。
そして輝も彼の台詞に驚いて、もらったばかりの花束を振り回しながら 彼にくってかかった。
「そんな責任感ない事でどうするんですかァ!」
「花束を振り回すんじゃないよ。花が可哀想だろう。」
「放り出された会社のみなさんの方がよっぽど可哀相です! あなた東郷グループの理事でしょう? おじいちゃんのサポートでしょう! もっと自覚持って下さいッ!」
 その様子はまるでいつもの矢代と萩本のようで、暴れる輝を後ろから 羽交い締めにしている華恵がさしずめ碧と言ったところだろうか?
…可憐な美少女は、思いのほか激しい性格の持ち主らしい。
「ったく…あ、ごめん萩本くん。何か用だったんでしょ?」
 そしてすぐに落ち着いて正気に戻るところまで矢代と同じで、萩本が 声を掛けてきたことを思いだし改めて声を掛けた。
 …だけど彼氏がいるとわかったこの状況で何か言える訳もなくて、 多少なりとも傷付いているはずなのに、萩本はひきつった複雑な笑顔を 浮かべたままで、だけど少しでも好きだと思っていた彼女に、最後の 最後でみっともない姿なんか見せたくなくて、沈み込む胸の内を隠して 精一杯の強がりとばかりに笑ってみせた。

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